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●先生の悪口は言わない
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学校から帰ってきて子どもが先生の悪口を言ったり、批評したりしても、決して、相づちを打ったり、同意したりしてはいけない。「あなたが悪いからでしょう」「あの先生は、すばらしい人よ」と、それをはねかえす。親が先生の悪口を言ったりすると、子どもはその先生に従わなくなる。これは学校教育という場では、決定的にまずい。もし先生に問題があるなら、子どもは関係のない世界で、処理する。 |
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●子育ては、自分で楽しむ
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子どもを伸ばすコツは、子どものことは、あまり意識せず、親が楽しむつもりで、楽しむ。その楽しみの中に、子どもを巻き込むようにする。つまり自分が楽しめばよい。子どもの機嫌をとったり、歓心を買うようなことは、しない。コビを売る必要もない。親が楽しむ。私も幼児にものを教えるときは、自分がそれを楽しむようにしている。 |
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●ウソは、ていねいにつぶす
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子どもの虚言にも、いろいろある。頭の中で架空の世界をつくりあげてしまう空想的虚言、ありもしないことを信じてしまう妄想など。イギリスの教育格言にも、『子どもが空中の楼閣に住まわせてはならない』というのがある。過関心、過干渉などが原因で、子どもは、こうした妄想をもちやすくなる。子どもがウソをついたら、叱っても意味はない。ますますウソがうまくなる。子どもがウソをついたら、あれこれ問いかけながら、静かに、ていねいに、それをつぶす。そして言うべきことは言っても、あとは、無視する。 |
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●本物を与える
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子どもに見せたり、聞かせたり、与えたりするものは、いつも、本物にこころがける。絵でも、音楽でも、食べ物でも、である。今、絵といえば、たいはんの子どもたちは、アニメの主人公のキャラクターを描く。歌といっても、わざと、どこか音のずれた歌を歌う。食べ物にしても、母親が作った料理より、ファミリーレストランの料理のほうが、おいしいと言う。こういう環境で育つと、人間性まで、ニセモノになってしまう(?)。今、外からの見栄えばかり気にする子どもがふえているので、ご注意! |
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●ほめるのは、努力とやさしさ
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子どもは、ほめて伸ばす。それはそのとおりだが、ほめるのは、子どもが努力したときと、子どもがやさしさを見せたとき。顔やスタイルは、ほめないほうがよい。幼いときから、そればかりをほめると、関心が、そちらに向いてしまう。また「頭」については、慎重に。「頭がいい」とほめすぎるのも、またまったくほめないのも、よくない。ときと場所をよく考えて、慎重に! |
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●親が前向きに生きる
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親自身に、生きる目的、方向性、夢、希望があれば、よし。そういう姿を見て、子どももまた、前向きに伸びていく。親が、生きる目的もない。毎日、ただ何となく生きているという状態では、子どももまた、その目標を見失う。それだけではない。進むべき目的をもたない子どもは、悪の誘惑に対して抵抗力を失う。子育てをするということは、生きる見本を、親が見せることをいう。生きザマの見本を、親が見せることをいう。 |
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●機嫌はとらない
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子どもに嫌われるのを恐れる親は、多い。依存性の強い、つまりは精神的に未熟な親とみる。そして(子どもにいい思いをさせること)イコール、(子どもをかわいがること)と誤解する。子どもがほしがりそうなものを買い与え、それで親子のキズナは太くなったはずと考えたりする。が、実際には、逆効果。親は親として……というより、一人の人間として、き然と生きる。子どもは、そういう親の姿を見て、親を尊敬する。親子のキズナも、それで太くなる。 |
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●うしろ姿の押し売りはしない
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生活で苦労している姿……それを日本では、「親のうしろ姿」という。そのうしろ姿を、親は見せたくなくても、見せてしまうものだが、しかしそのうしろ姿を、子どもに押し売りしてはいけない。つまり恩着せがましい子育てはしない。「産んでやった」「育ててやった」「お前を大きくするために、私は犠牲になった」と。うしろ姿の押し売りは、やがて親子関係を、破壊する。 |
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●親孝行は美徳にあらず
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日本では、親孝行を当然の美徳とするが、本当にそうか? 「お前の人生は、お前のもの。私たちのことは心配しなくていいから、思う存分、この世界をはばたいてみろ」と、一度は、子どもの背中をたたいてあげてこそ、親は、親としての責任を果たしたことになる。もちろんそのあと、子どもが自分で考えて、親孝行するというのであれば、それはそれ。しかし親孝行は美徳でも何でもない。子どもにそれを強要したり、求めたりしてはいけない。 |
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●「偉い」を廃語に!
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「偉い」という言葉を、廃語にしよう。日本では、地位の高い人や、何かの賞をとった人を、「偉い人」という。しかし英語国では、日本人が、「偉い人」と言いそうなとき、「リスペクティド・マン」という。「尊敬される人」という意味である。リスペクティド・マンというときは、地位や、名誉には関係ない。その人自身の中身を見て、そう判断する。あなたの子どもには、「偉い人になれ」と言うのではなく、「尊敬される人になれ」と言おう。 |
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●家族を大切に
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『オズの魔法使い』という、小説がある。あの中で、ドロシーという女の子は、幸福を求めて、虹の向こうにあるというエメラルドタウンを冒険する。しかし何のことはない。やがてドロシーは、真の幸福は、すぐそばの家庭の中にあることを知る。今、「家族が一番大切」と考える人が、80〜90%になっている。99年の文部省の調査では、40%前後でしかなかったから、これはまさにサイレント革命というにふさわしい。あなたも自信をもって、子どもには、こう言おう。「この世界で、一番大切なものは、家族です」と。 |
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●迷信を否定しよう
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子どもたちの世界では、今、占い、まじない、予言、超能力などが、大流行。努力して、自ら立ちあがるという姿勢が、ますます薄らいできている。中には、その日の運勢に合わせて行動し、あとで、「運勢が当たった」と言う子どもさえいる。(自分で、そうしただけなのだが……。)子どもが迷信らしいことを口にしたら、すかさず、「そんなのはウソ」と言ってやろう。迷信は、まさに合理の敵。迷信を信ずるようになればなるほど、子どもは、ものごとを合理的に考える力を失う。 |
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●死は厳粛に
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ペットでも何でも、死んだら、その死は厳粛にあつかう。そういう姿を見て、子どもは、「死」を学び、ついで、「生」を学ぶ。まずいのは、紙か何かに包んで、ゴミ箱に捨てるような行為。決して遊んだり、茶化したりしてはいけない。子どもはやがて、生きることそのものを、粗末にするようになるかもしれない。なぜ、ほとんどの宗教で、葬儀を重要な儀式と位置づけているかと言えば、それは死を弔(とむら)うことで、生きることを大切にするためである。生き物の死は、厳粛に。どこまでも厳粛に。 |
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●悪玉親意識
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「私は親だ」というのが、親意識。この親意識にも、二種類をある。善玉親意識と、悪玉親意識である。「私は親らしく、子どもの見本になろう」「子どもをしっかりと育てて、親の責任をはたそう」というのが、善玉親意識。一方、「親に向かって何よ!」と、子どもに対して怒鳴り散らすのが、悪玉親意識。いわゆる『親風を吹かす』ことをいう。なお親は絶対と考えるのを、「親・絶対教」という。 |
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